木谷 哲夫 教授(京都大学産官学連携本部IMS寄付研究部門)が東洋経済オンラインに寄稿した記事「テスラCEOが全社員に宛てたメールの中身」を読みました。シックスシグマのことが少し書かれていたので、気になったこともあり、僕の意見を勝手気ままに書いてみたいと思います。
マスクCEOのメールは3つのことを示しています。
1.テスラのような最先端の新興企業でも、組織内に壁ができ、大企業病がはびこる傾向があること。
2.従業員はどうしても居心地のいいサイロを作り出し、自分の安住の地を作り出そうとすること。
3.トップが強力でないと、人間の組織が持つその強い傾向を打ち壊すことはできないということ。
つまり、人間の本性や組織の自然な慣性に逆らうためには、強い権力が必要になるのです。
テスラと言えば車をロケットに載せて宇宙に放つ企業なので、きっとグーグルやアマゾンのように機動力ある柔軟な組織なのだろうと思っていました。この記事を読んで、テスラのような新しい企業でも大企業病に直面していたことを知って少々驚きました。それと同時に CEO がこのようなメッセージを出しても、組織はすぐには変わらないのではないかとも思いました。事実、多くの企業の多くの CEO が同じようなメッセージを出し続けているようですが、それで大組織が簡単に変わったという話はあまり聞いたことがありません。しかしメッセージを出し続けることはとても大切で、その意味は大きいと思います。
Linkedin などを見ていると結構な数の テスラ の求人を見つけることができます。僕の同僚も品質管理の仕事を見つけてテスラに転職してしまいましたが、考えてみるとテスラに転職する人の多くは、すでの古い体質を持つ企業(自動車産業など)で育った人達が多いのではないでしょうか。そこがグーグルに転職する人達とテスラに転職する人達の大きな違いのような気がします。
CEO がこのようなメッセージを発することはとても大切ですが、恐らく古い体質が身についた社員が変わるまでには相当な時間がかかると思います。一方で既存の自動車メーカーも EV に舵を切っていますし、グーグルやアマゾン、アップルも EV 市場に参入し追い上げています。テスラが大企業病から抜け出して、他社の追随をかわしながら逃げ切れるかどうかは時間との勝負になりそうです。
「やろうとしても、中間管理職が言うことを聞かないでしょう」
だって中間管理職がサイロを壊したところで自らの評価や給料上がるわけではなく、むしろ中間管理職は与えられた仕事を期間内に完了させて初めて評価されるので、それに向けて”部分”最適化(サイロ)が進めた方が得策です。変革にはまず中間管理職の評価方法を変える必要があるのではないでしょうか。
先の投稿「リーンシックスシグマの始め方」でコッターの 8 段階プロセスについて触れましたが、やはり変革に対するもっとも最大の障壁は中間管理職だそうです。また SAFe (Scaled Agile Framework)を導入する際にコンサルタントに導入障壁について聞いたところ、やはり中間管理職を動かすのが一番難しいと言っていました。
中間管理職は上と下から挟まれて身動きができなくなっています。目の前の仕事をこなしながら部下を管理するだけで手一杯です。変革にのためには中間管理職の仕事を減らして、将来を見つめるだけの十分な余力を持ってもらわないといけないでしょう。
米電機大手のGEは、かつてはシックス・シグマという、オペレーションを堅確に回すためのトレーニングプログラムを非常に重視していました。成績が良いとブラック・ベルト(黒帯)となり、それが昇進の条件のひとつでもあったのです。
ところが、GEはそうしたオペレーションの重視から、イノベーション・アントレプレナーシップの重視へと急激に舵を切りました。シリコンバレーから生まれたリーン・スタートアップの手法を導入し、これまでのシックス・シグマのやり方とは真逆の方向を向こうとしているのです。
木谷教授のこの記述部分は簡略化し過ぎてしまって、かえって誤解を招くと思います。シックスシグマのためにも補足したいと思います。
確かに GE はすべての管理職に ブラック・ベルトになるよう求めました。それ自体は悪いことではないと思います。しかし GE は「ブラックベルト認定を維持するため」に、毎年 2 つ以上のブラックベルト級のプロジェクトを完了させるようにすべての管理職に求めました。もし2つ以上のプロジェクトを毎年完了しないと、ブラックベルト認定を取り消されてしまうそうです。
結果として管理職は「自分のブラックベルト認定を維持するためだけ」に、意味の無いプロジェクトに時間と資源を費やしたり、またある管理職は「自分のブラックベルト認定を維持するためだけ」に部下に自分のプロジェクト丸投げしたりしていたそうです。そして「ブラックベルト認定を維持するため」に、そもそもシックスシグマが適切ではないプロジェクトにもシックスシグマを使っていたようです。(複数の元GE の社員たちから直接聞きました)
ここからは僕の推測です。その結果として、効率化を進めるはずのシックスシグマが、GE では逆に「非効率化の道具」になってしまったのではないかと思います。これはシックスシグマ自体の問題でなく、シックスシグマの「運用の問題」です。
それでもまだジャック・ウェルチ氏にとっては良かったのかもしれませんが、ジェフリー・イメルト氏にとってはかなりの頭痛の種だったのではないでしょうか。そしてついにジェフリー・イメルト氏は我慢がならずに相当な数のグリーンベルトやブラックベルト、マスターブラックベルトを、ちょうどリーマンショックの時期に一斉に首切りしました。
GE でシックスシグマが完全に死んでしまったのかと言うとそうではなく、製造や品質関連の部門ではしっかりと生きています。リーン・スタートアップをベースにした FastWorks を使い始めたのは新製品開発部門のことです。
木谷教授は「真逆の方向を向こうとしているのです」と書いていますが、実際はシックスシグマ一本やりだったところを、シックスシグマに適したところにはシックスシグマを使い、FastWorks に適したところには FastWorks を使い始めたということだと理解しています。
またそれだけでなく、ソフトウェア開発では SAFe (Scaled Agile Framework) を、プロセスの問題解決には WorkOut を、プロセスの最適化には Lean を、そして組織の改革などには CAP (Change Acceleration Process) など、さまざまなフレームワークを使い始めています。「真逆の方向を向こうとしている」のではなく、最適な方法を取ろうとしているのです。
FastWorks に関して GE の最も凄いところは、ソフトウェア開発に向いているリーン・スタートアップ(FastWorks と GE は呼ぶ)を重厚長大なハードウェアの開発にも応用したということです。巨大なガスタービン・エンジンを FastWorks で開発したというのはとてつもない偉業だと思います。こればかりは強力なリーダーシップとそれを支えるチームメンバーがいないとできないでしょう。
日本でなぜ浸透しないのか
シックスシグマやリーン・スタートアップ、またはアジャイル開発など、欧米・中国・インドでは一般的なものでもあっても日本には浸透していないものがたくさんあります。浸透しない理由もたくさんあると思うのですが、僕が思うには、日本では競争しなくてもやっていけるからではないでしょうか。それらの方法はすべて競争に勝つためのものです。他社より上手く、他社より早く、他社より多くそれらの方法を使って初めて競争に勝てます。だから欧米・中国・インドでは必死になって競争に勝つための道具を手に入れようとします。
それらの道具がなくてもやっていける日本は、今のところ幸せなのではないでしょうか。