スマートファクトリ(またはインダストリアル IoT)の話題が盛り上がっています。産業関連のウェブサイトを見ても、ここ数年の間にスマートファクトリに関する記事がとても多く目に留まるようになりました。それらの記事では「今後スマートファクトリによって製造業の何が変わるのか」ということが様々な立場から議論されていたり、また成功事例なども紹介されているようです。
確かにスマートファクトリによって今後ますます製造業は変わっていくでしょう。そこで疑問というか、不安というか、これまで製造現場を改善してきたリーンやシックスシグマといった手法、そしてそれを担当してきた我々エンジニアは、スマートファクトリと共に今後いったいどのように変わっていくのでしょうか。
インターネット上を調べてみても、IIoT 機器を提供するメーカーやスマートファクトリ導入を積極的に薦める業界団体、またはすでにスマートファクトリを導入して成功した大企業の立場から書かれた記事はたくさん見つけることができるのですが、現場の担当者からの視点で書かれた記事はほとんど見つけることができません。そこでここでは「スマートファクトリによってリーンシックスシグマの役割が今後どう変わるのか」と題して、(あくまで)個人的な考察を現場担当者の視点から記したいと思います。
スマートファクトリ導入の 4 段階
「スマートファクトリの成功事例」を読むとたいていの場合、技術力や資源が豊富にある大企業が IIoT + AI を用いて自動制御を実現した、というようなことが書かれてあります。しかしそれは大企業だからできたのであって、技術力も資源も十分ではない大多数の一般的な企業はいったいどうすればよいのでしょうか。
スマートファクトリは一足飛びに IIoT + AI を最大限利用した自動制御のスマートファクトリになるのではなく、現実的には(特に大企業ではない一般的な企業の場合は) ROI(Return on Investment)を検討し、時間をかけながら、次の 4 段階を経て、順次スマートファクトリを構築していくのではないか、と言われています。
- 第 1 段階:可視(現場を見える化する)
- 第 2 段階:診断(故障や異常の検出や、センサーの診断などを行う)
- 第 3 段階:予測(故障や異常を予測する)
- 第 4 段階:対策(故障や異常を避けるための対策を示唆する)
自動制御を行うスマートファクトリが完成するまでの 4 段階はまだまだシステムが不完全なため、問題を解決したり、システムを改善するために、人の知恵や知識、経験に基づく高度な判断が求められるはずです。また改善のための速やかで正確な実行能力が必要となります。とりもなおさず、それはリーンシックスシグマが、プロセスの改善等で長らく行ってきたことと同じです。スマートファクトリとリーンシックスシグマは補完関係と言えるでしょう。
リーンシックスシグマ(DMAIC)は様々なツール類を使いながら、プロセス改善を 5 つのステップで行います。
- Define フェーズ
達成すべきプロジェクトの目標を定義する - Measure フェーズ
現在のプロセスを測定する - Analyze フェーズ
現在のプロセスと達成目標とのギャップを分析し、改善方法を策定する - Improve フェーズ
リスクを抑えながら改善策を実施し、新しいプロセスの最適化を行う - Control フェーズ
新しいプロセスが安定するよう制御し、定着を図る
リーンシックスシグマの Define フェーズは「人の意志」によって始まります。Measure フェーズと Analyze フェーズは「人の知恵や知識、経験」によって導かれます。そして Improve フェーズと Control フェーズは「人の改善努力」によって実ります。一方スマートファクトリは、ある段階を自動化してしまいます。しかし上の図のようにスマートファクトリとリーンシックスシグマの各フェーズを比べてみると、どちらも良く似ていることが分かります。
リーンシックスシグマのプロジェクトの経験を持つ方は、Measure フェーズと Analyze フェーズはとても時間がかかる作業であることを良くご存じだと思います。恐らくそのような時間のかかる人手に頼った作業は、今後次第に IIoT に置き換わっていくのではないでしょうか。
しかしスマートファクトリがまだ不完全である(つまり人の知恵や知識、経験や改善のための努力が必要である)第1段階から第4段階の間は、リーンシックスシグマが無くなってしまうことはないでしょう。むしろスマートファクトリの導入を促進するために、リーンシックスシグマに新たな役割が与えられるのだと思います。
第 1 段階:可視(現場を見える化する)
リーンシックスシグマの Define フェーズでは、
- 問題の内容
- プロジェクトの範囲
- プロジェクトがビジネスに与える影響
- プロジェクトのコストや必要となるリソース
- プロジェクトで使うデータ(KPI、CTQ)
- プロジェクトのゴール
- プロジェクトの日程
などを定義します。所謂 SMART (Specific、Measurable、Achievable、Relevant、Time bound)ゴールです。利用するツールは、ギャップ分析やVOC(ボイスオブカスタマー)が中心となります。
まず初めに「問題を解決するためにはどのようなデータを取得しなければならないか」ということが定義できれば、それからは IIoT の出番です。プロセスに必要最小限の IIoT 機器を組込み、データを自動的に取得します。取得したデータをリアルタイムで表示するシステム(可視化)ができれば、スマートファクトリの第1段階が達成できます。スマートファクトリの第1段階は、リーンシックスシグマの Measure フェーズを、簡単な IIoT 機器で置き換えてしまうでしょう。
しかしデータをリアルタイムで見るだけでは、何の問題も解決されません。
スマートファクトリの第 1 段階では、人の知恵や知識、経験を使って、取得したデータを統計的に分析し、不完全なプロセスを「診断したり検査する」必要があります。そして問題点を発見したら、それを迅速に改善する必要があります。この段階(つまり統計的分析や診断、検査が必要な段階)では、リーンシックスシグマが果たす役割はまだまだ大きいといえます。
そしてリーンシックスシグマの担当者は問題分析のための従来のツールだけではなく、新たに IIoT 機器や Analytics、 BI といったデータを「見える化」する知識と技術が求められるようになるでしょう。
第 2 段階:診断(故障や異常の検出や、センサーの診断などを行う)
第 2 段階では、IIoT 機器と機械学習(Machine Learning)を使って機械の故障やプロセスの異常を検出するようになります。しかし機械やプロセスがどのような状態になれば故障や異常と言えるのか、その状態を検出するためにはどのようなデータが必要で、どのように分析をしなければならないのか、といった専門的な知識と経験が必要です。
リーンシックスシグマ担当者が持つそのような専門的な知識と経験をそのままプログラムに落とすこともできますが、今は機械学習(Machine Learning)が使える時代です。スマートファクトリの第 1 段階で集めた膨大なデータを使えば、機械学習によって機械やプロセスの異常を検出できるスマートファクトリの第 2 段階(IIoT + 機械学習)が実現できます。
しかし、いくらスマートファクトリが機械やプロセスの異常を検出できるといっても、それは単に「異常イベント」を自動的に検出するだけのことです。スマートファクトリの第 2 段階では、異常イベントが起こった後、その根本原因を分析し、迅速に対処することがリーンシックスシグマの担当者に求められます。
またスマートファクトリの第 2 段階を実現するためには、機械学習の理論と、学習が必要とするデータに関する知識と経験が、リーンシックスシグマ担当者に新たに求められるようになるでしょう。しかしデータ収集や基本的なデータ分析はスマートファクトリがやってくれるので、リーンシックスシグマ担当者の仕事はかなり楽になるはずです。
第 3 段階:予測(故障や異常を予測する)
「異常イベント」が起こってから原因を追究したり対処を始めていては、その間プロセスが止まってしまうため、企業に大きな損害を与えてしまいます。そのためスマートファクトリの第 3 段階で求められることは、故障や異常が起こる前に、それを予測することです。
機械やプロセスがどのような状態を示すと近いうちに異常が発生する可能性があるのか、ということをスマートファクトリに機械学習(プログラム)させる必要があります。または定期的なメインテナンス(部品交換など)時期を予測するために運転経過時間などを IIoT を使ってモニターする必要がでてくるでしょう。
機械やプロセスの稼働率を少しでも高めるため(または予測の精度を高めるため)にスマートファクトリを機械学習(プログラム)させることは、これまでの技術や経験だけではなく、物理学や統計の知識も必要になります。リーンシックスシグマ担当者には、さらに幅広い知識が求められるようになるでしょう。
スマートファクトリが第 3 段階になり異常を予測できるようになっても、それでもまだリーンシックスシグマ担当者はツールを使ってその根本原因を分析し、迅速に対応する必要があります。しかしこの段階では、異常が発生してから慌てて分析や対策を始める必要がないので、リーンシックスシグマ担当者の負担はさらに軽くなるはずです。
第 4 段階:対策(故障や異常を避けるための対策を示唆する)
スマートファクトリの第 4 段階では、
- 異常の予兆を検出したら、それを防ぐためにどのような対策を施せばよいのか
- 異常が実際に発生してしまったら、どのような対策を施せばよいのか
- 異常を未然に防ぐために、いつメインテナンスを行えばよいのか、
など、対策への指示(答え)をスマートファクトリが出してくれるようになるでしょう。それには高度な AI(Artificial Intelligence)が必要になります。この段階では、リーンシックスシグマ担当者が持つ知識と経験が、高度な AI を構築するための貴重な資源となるはずです。
スマートファクトリが何らかの指示を出せばそれで終わり、というわけではありません。指示を受けてからさらなる分析と対応が必要です。しかし、スマートファクトリがさらに高度な AI を使って自ら分析と対応ができるようになれば、自動制御が行えるようになります。自動制御が実現すれば、リーンシックスシグマ(DMAIC)の Measure フェーズと Analyze フェーズのほとんどの部分がスマートファクトリに置き換わるはずです。
それでも改善策の実施や定着といった作業は人の手が必要です。スマートファクトリによってリーンシックスシグマ担当者の負担が軽くなるとはいえ、改善や定着といったリーンシックスシグマ担当者の本来の役割はまだまだ終わることがないでしょう。
補足: DFSS(Design for Six Sigma)
リーンシックスシグマの DMAIC フレームワークは、既存のプロセスを改善するために主に用いられます。一方、新しいプロセスや製品を一から設計する際は DFSS(Design for Six Sigma)のDMADOV が主に用いられます。
新しいプロセスや製品には常にリスクが伴います。また期待した結果と実際の設計との乖離(バラツキ)が常に問題となります。リスクを低減しながら設計のバラツキを少なくし、新しいプロセスや製品を開発+最適化するためには、DFSS はとても有効なフレームワークとなります。
スマートファクトリ導入の各段階は新しいプロセスの設計が必要になります。そのときはまず DFSS で新しいプロセスを設計し、それを導入した後にリーンシックスシグマ(DMAIC)でプロセスを改善する、という順序になるでしょう。
このように考えると、今スマートファクトリの時代を迎えたとはいえ、まだまだリーンシックスシグマ(DFSS を含め)やそれを担う担当者の役割は終わらないと思います。