先日、横浜の回転寿司屋に友人が連れて行ってくれました。田舎から出てきたためか、僕はこの新しい回転寿司屋には大変驚きました。友人にとっては別に珍しい物でも何でもなく、ただのありふれた回転寿司屋に過ぎなかったのでしょうか、むしろ驚いている僕に対して驚いているようでした。
その回転寿司屋には、循環するコンベアが上下二段ありました。上段は一般的な回転寿司のコンベアで、良く出る品が絶え間なく、かつスムーズに流れており、下段は特別注文の品が注文したテーブルだけに届くように、サーボ制御された高速コンベアとなっていました。注文はすべてテーブルに用意されたタブレット端末で行いました。タブレット端末にはメニューの写真や情報が表示され、ボタンを押すだけで、その特別注文品はしばらくするとサーボ制御コンベアが運んできてくれました。
衛生面にも驚きました。回転寿司の場合、誰かがすでに触ったのではないかとか、カバーを開けたのではないかなどと気になるところですが、この店のコンベアは、皿を取り出さない限りカバーは開かない仕組みになっていました。衛生面での進化ばかりでなく、このコンベアは皿を取り出すと、自動的に勘定に加算されるような仕組みなっていました。
「この回転寿司屋はリーンだ、リーンだ」と喜んでいる僕を見て、友人は半ば呆れた顔で、「リーンってなに?」と聞いたので、以下のような説明をしました。
1.価値(Value)の定義
顧客が回転寿司屋に求める価値(お金を払いたいもの)とは何でしょうか。やはり早い、上手い、安い、そして安全な寿司を、食べたい種類だけ、食べたい量だけ食べることだと(少なくとも)僕は思います。この回転寿司屋は、どの定義にも見事に当てはまっています。
特に「早い」については、特別注文を別のコンベアで流すことで、食べたい種類の寿司を早く提供しています。勘定の加算もコンベアと一緒にシステム化されており、またテーブルのタブレット端末で清算も行えるので、勘定の待ち時間はゼロです(皿の数を数えるなんて野暮なことしません)。特に昼食時のサラリーマンにとっては、この価値は高いに違いありません。
味や衛生面、値段についても、顧客満足のレベルはかなり高いと思います。
2.価値の流れ(Value Stream Map)
回転寿司屋なので価値(寿司)を流す基本な仕組み(コンベア)は出来ています。しかしここは僕が知る普通の回転寿司屋とは違って、その仕組みが二つ(上下二つのコンベア)あります。厨房が見えないので、職人さん達がどのようにレイアウトされているのかは知ることが出来ませんが、きっと寿司を作るプロセスに沿って、的確に配置されているに違いありません。
情報も価値も定義され、スムーズに流れています。タブレット端末を使って、メニュー情報を提供したり、注文や勘定の流れ(情報)をシステム化したりと、情報の扱いについても、この回転寿司屋は見事です。
3.Pull システム
一定のペースで定量的に数が出る人気の高い品を上段のコンベアで流すことは、一見プッシュ(Push)システムのように見えますが、むしろこれは、食べられた品だけを食べられた量だけ再生産する PULL システムです。タブレット端末と情報化されたコンベアが、フィードバックと生産指示(種類と数)を行っているに違いないからです。寿司のカンバン・システムと言っても良いと思います。
またタブレット端末で注文した特別注文の寿司が下段のコンベアで高速に運ばれてくるシステムは、正に PULL システムそのものです。
ここまでシステム化されている回転寿司屋は、僕にとっては初めてだったので、大変面白く、かつ勉強になりました。リーンな寿司工場と言っても良いのではないかと思いました。
しかし高度にシステム化されてしまったためか、職人さんとの接点は完全にゼロ、店員さんとの接点も、テーブルに案内されて飲み物を注文する以外は、完全にゼロでした。二段重ねのコンベアのため、厨房も、職人さん達も見えませんでした。恐らく「会話を楽しむ」や「職人さんの働きを見る」というのは、多くの顧客にとっては特に価値ではないのかもしれません。(最も、おしゃべりな寿司職人のいる店には、衛生上の理由から、僕は行きたいとは思いませんが)。
価値観の違う外国で寿司屋が発達したらどうなるのか、ちょっと興味がそそられるところです。それにしても、価値の定義とその実現への追求が、日本の回転寿司をここまで進化させたのかと思うと、感慨深いものがあります。