エッセイ: リーンシックスシグマの認定

リーンシックスシグマについて最も多い質問が、グリーンベルトやブラックベルトの認定に関するものです。「もしリーンシックスシグマの認定をもっていたら、昇進や転職に有利かもしれない」と思われるのも当然なので、この認定に関する質問が多いのも理解できます。

まずこの質問には「有利かもしれないが、あまり期待しないように」と答えておきます。

リーンシックスシグマの認定はとても曖昧なので、正直なところ僕にも実態が良くわかりません。良くわからないので、ここでは僕の知る範囲に限って書いてみたいと思います。

まずリーンシックスシグマのベルトは、公的な資格ではありません。公的な”資格”ではないので、だれでもリーンシックスシグマの仕事が行えます。また公的な”認定”でもないので、色々な機関が自由にリーンシックスシグマの認定を行っています。

リーンシックスシグマの認定を行っている機関は、大学や外郭団体、コンサルタントなど、実に様々です。ビジネスの手段として行っているので、安くなったとはいえ、結構なお金がかかります。ブラックベルトの場合、昔(20年くらい前)は一人 500 万円以上も払っていたようですが、今では競争が激しくなったせいか、安いところでは 30 万円も払えば、ブラックベルトを認定してくれるところもあるようです。しかし認定を維持するには、一定期間ごとに講習を受ける義務(有料)があったりするところもあり、要注意です。

認定することに規制があるわけではないので、誰でも誰かに認定を授けることができます。今この場で僕が、「あなたのブラックベルトを認定する」と言えば、あなたは今日からブラックベルト認定者となるでしょう。

昔は多少違っていたようです。

20年ほど前、シックスシグマが注目を浴びたとき、シックスシグマを知る人はそれほど多くありませんでした。ある大企業がシックスシグマを導入しようとしたとき、たった一人のコンサルタントに、億のお金を払ったそうです。その頃はシックスシグマのブラックベルト認定を受けようとすると、一人 700 万円以上もかかりました。そのため、できるだけ多くの社員にブラックベルト認定を授けるためには、彼らを認定機関に送るよりはむしろ、億のお金を払ってでも、コンサルタントに来てもらったほうが安いと考えたようです。コンサルタントの黄金期でした。(その社員の一人であった僕の同僚は、「シックスシグマは儲かるな」と思ってこの道に入ったことを白状してくれました)

当時はシックスシグマが大変貴重で、ベルト認定者は企業にとってもありがたい存在だったようです。(その企業では、今ではリーンシックスシグマがすっかり下火になってしまい、多くのベルト認定者も解雇されたようですし、コンサルタントも数が増えて、昔の様には稼げないようです。変われば変わるものですね)

「誰でも誰かを認定することができる」と書いた通り、今では多くの企業が社員を認定するようになりました。企業が社員を認定する理由は二つあると思っています。一つ目はコストが安いこと、二つ目は企業独自のカリキュラムが組めることです。

例えば、リーンシックスシグマでは統計的手法が用いられますが、実際の実務で使う統計的手法はそれほど多くありません。ある認定機関では多くの統計的手法を教えるかもしれませんが、実際に使わないのであれば、それは時間とお金のムダになります。そのため企業認定では、実際に企業内で使うツールにだけに重点を置いて教えているところもあります。

企業認定が広まってから、同時にグリーンベルト、イエローベルト、ホワイトベルトなどが、増えたようです(日本の武道とアメリカの武道の違いのようですね。ちなみにアメリカの武道、特にテコンドーなどは、もっと色々な色と模様があります)。ある企業では、2時間ほどのリーンシックスシグマの座学を受けただけで、イエローベルト認定を授けているところもあるようです。

そこで湧き上がってくる疑問が、「認定基準がないのであれば、同じベルトでも能力のバラツキがあるのではないか」ということです。リーンシックスシグマ自体はバラツキを減らすのが主な目的なのですが、実は認定については大きなバラツキがあります。

ある認定機関では何度もテストがある一方、最後に一度の試験で済ますところもあります。ツールや統計的手法などハード面に力を入れる認定機関もあれば、プロジェクト・マネジメントなどソフト面に力を入れるところもあるようです。最大公約数の内容は同じかもしれませんが、細部はずいぶんと異なるようです。よって能力にも当然差が出てくると思います。

認定機関と企業認定の主な違いは実際のプロジェクト経験の有無ではないかと思います。多くの企業認定の場合、トレーニングだけでなく、実際のプロジェクトが求められます。僕の働く企業では、ブラックベルトの場合は 、2 つ以上のブラックベルト級のプロジェクトを完了しないと認定しません。他社では最低 8 つのプロジェクト経験が求めらところもあるようです。しかしプロジェクトの数だけではなく、何をブラックベルト級のプロジェクトと考えるかについては、企業によってまちまちです。認定機関ごとにバラツキがあるように、企業認定でも大きなバラツキがあるようです。同じベルトでも能力はまちまちです。

そのため、リーンシックスシグマに関する認定機関の評判や企業の評判のようなものが語られたりすることはありますが、明確な良し悪しを決めるデータというのは見たことがありません。認定機関や企業よりも、むしろその人の努力次第で、リーンシックスシグマの能力が決まるのだと僕は思います。

リーンシックスシグマは楽器の演奏のようなものではないでしょうか。楽器の演奏の仕方をビデオを見ながら座学で教わっても、楽器が弾けるようには絶対になりません。やはり楽器は練習を積み重ねて始めて弾けるようになるものです。楽器を弾くには座学も必要なければ、認定も必要ありません。必要なのは実際に音を出してみることです。リーンシックスシグマの認定とプロジェクトの関係も同じで、多くのプロジェクトに実際に携わることが最も大切なことです。

そう思ったきっかけは、先日トヨタ系列の大手企業の社員との会話でした。彼にリーンシックスシグマについて尋ねたところ、その言葉すら知りませんでした。もちろんグリーンベルトもブラックベルトも知りませんでした。「武道の話をしているのか?」と逆に聞かれたほどです。

質問を変え、「FMEAを知っているか?DOEを知っているか?」と尋ねたところ、毎日のように使っているとの返事でした。彼には認定もベルトの必要がなかったばかりか、リーンシックスシグマのツール類を使うのが日課であり、当たり前の事だったのです。

彼の会社のように、リーンシックスシグマが企業文化として根付いているところでは、ベルトの認定など必要ありません。ただアメリカではそのような文化がなかったため、ベルトの認定という制度を取り入れたのでしょう。またリーンシックスシグマがアメリカで普及した背景には、そのような制度がビジネス(金儲け)として定着したことがあるのではないかと思っています。

もしこれからリーンシックスシグマの認定を受けようとするのであれば、まずは認定を受けてリーンシックスシグマの全体像を理解して下さい。それからリーンシックスシグマを実際の業務で使ってみて下さい。どんな業務でも使えます。業務で使うことでリーンシックスシグマの理解が深まっていきます。そして携わったプロジェクトの数を増やしていって下さい。携わったプロジェクトの数や務めた役割の方が、もしかしたらベルトの認定よりも高い評価が得られるのではないかと思います。