事例: こはぜ屋とリーンシックスシグマ(2)

第2回目は、「こはぜ屋」さんのような零細企業でも、利益を出し企業を成長させるためにリーンシックスシグマを導入する価値があることについて書いてみようと思います。

1. リーンシックスシグマの目的

大企業や中小企業に関わらず、企業がリーンシックスシグマを導入する目的(または価値)は「企業の利益を増やすこと」、それだけです。

「企業の利益を増やす」ためには何をするべきでしょうか。リーンシックスシグマはその答えは与えてはくれませんが、その答えを導くための方法論を与えてくれます。なぜなら利益を増やすためには多くの課題や問題を解決しなくてはならず、そのための考え方のフレームワーク、つまり問題解決のための科学的思考方法として確立されたのがリーンシックスシグマだからです。

リーンシックスシグマと聞くと、一般的に統計的手法などのテクニックをまず思い浮かべるかもしれませんが、恐らくそれはリーンシックスシグマの全体像を1割も説明していません。これについては今後順を追って触れていきます。

1.1 戦略的利益モデルと成長戦略案

ところで小説「陸王」の最大のテーマは、社長・宮沢紘一をはじめとする社員全員が、いかに「こはぜ屋」の100年の暖簾を守ったか、ということであり、「陸王」の開発はその一端に過ぎなかったと、私は思っています。

「こはぜ屋」も企業である以上、100年の暖簾を守るためには、利益を増やしていく以外に方法はありません。ではどうやって利益を増やしていくのかというと、リーンシックスシグマでは、まず戦略的利益モデル(図2)に着目します。

戦略的利益モデルは総資産利益率(Return on Assets)を分解しただけのものですが、

  1. 最終的な総資産利益率を確保するために、
  2. 分解した各項目それぞれに対し目標値を設定し、
  3. 現状の値と比較することで(ギャップ分析)、

利益を確保するための成長戦略のアイデアが見えてきます。

図2 戦略的利益モデル

「こはぜ屋」さんの場合、直面している問題から考えて、たとえば以下のような成長戦略案(アイデア)が生まれてくるのではないでしょうか。

  1. 新しい製品やサービスによる新市場の開拓(市場規模の増加、販売数量の増加)
  2. 新しい製品やサービスを既存市場に投入(市場占有率の増加)
  3. 既存の製品やサービスに付加価値を追加(販売単価の上昇)
  4. 原材料の変更や、仕入先の変更(売上原価の削減)
  5. 製造方法や製造場所(外注、外国も含め)の変更(変動費・固定費の削減)
  6. 製造プロセスや管理プロセスの改善(変動費の削減)
  7. 在庫管理方法の改善(棚卸資産の削減)

これらの課題は、どれもリーンシックスシグマで軽減または解決できそうなものばかりです。

(注: 小説の中では運転資金の確保など、財務管理の話が多く出てきます。しかし財務管理はリーンシックスシグマでも特別な応用範囲になるので、多くは触れません)

1.2 リーンシックスシグマの導入価値

リーンシックスシグマが企業の利益を増やそうとするとき、次の3つの可能性を探ります。

  1. 新製品・サービスから新たな利益を得られないか
  2. 既存製品・サービスからの利益を増やせないか
  3. 生産性を高められないか

それらを可能にする方法として、リーンシックスシグマは様々なツール類を用いながら、問題解決のための科学的思考方法(フレームワーク)を提供します。それがリーンシックスシグマを導入する価値(図3)です。

図3 リーンシックスシグマを導入する価値

リーンシックスシグマを導入する価値(図3)は、「こはぜ屋」さんの成長戦略案をほとんど網羅しています。つまり

  1. 戦略的利益モデルで設定した利益目標を達成するために、
  2. いくつもの成長戦略案を策定し、
  3. リーンシックスシグマを使って成長戦略案を実施していく

という順番になります。

1.3 目標達成の確率

ところで、リーンシックスシグマを導入する価値(図3)の右側には、

  1. 社員の能力を高める
  2. 目標達成の確率を高める
  3. 目標達成の度合いを増やす
  4. 目標達成のバラツキを減らす

という項目があります。これを「こはぜ屋」さんを用いて説明してみようと思います。

利益を増やすために、「こはぜ屋」宮沢社長は、“勘”によって新製品の開発に着手し、“運”と“情熱”を使いながら、その一か八かの賭けに“偶然”勝ちました(しかし将来は分からない)。

一方リーンシックスシグマを使えば、賭けに勝つ確率をあらかじめ推測し、そして勝つ“確率”を高めていくことができます。別の言い方をすれば、“確率”で物事を判断するのがリーンシックスシグマの特徴です。これは「確率論的アプローチ」といい、一般的に行われている結論ありきの「決定論的アプローチ」とは大きく異なります。もし宮沢社長が確率論的アプローチを取っていたとしたら、新製品の開発を決定する前に、他の成長戦略案の成功確率をそれぞれ研究し、成功確率を基に「こはぜ屋」成長のシナリオを描いたはずです。

確率論的アプローチは数量化した過去・現在・未来のデータをもとに、成功の確率を考えます。そして成功の確率を上げるための方策を一つ一つ実施していきます。

図4 目標達成の確率と改善の方向性

ある目標が与えられたとき、目標を達成できる可能性は、過去のデータやモデルの変数のバラツキから、図4に示すような分布図(ヒストグラム)で表すことができます。図4の場合、目標達成の確率は69%程ですが、さらに確率を上げるための方法は2つしかありません。

  1. 分布をずらす(目標達成の度合いを増やす)
  2. 分布を狭める(目標達成のバラツキを減らす)

確率論的アプローチは、リスクの高い新製品開発では非常に重要になってきます。特に一つの失敗が命取りになる中小企業では、なおさらのことです。

野球にたとえてみましょう。「こはぜ屋」さんは情熱はあるものの、三振が続く落ち目の選手達がたまたま放つホームランに期待するような野球チームです。一方リーンシックスシグマは選手達(つまり成長戦略案)の打率を細かく吟味し、打率が上がるように日頃から練習するような野球チームです。一か八かのホームランバッターに期待するよりも、イチロー選手のような打率の高い選手を好み、イチロー選手のようなバッターを育てるのがリーンシックスシグマといえます。