書評: The Lean Farm

安倍首相が「守る農業から攻める農業に転換し、意欲ある生産者が安心して再生産に取り組める、若い人が夢を持てるものにしていく」「万全の対策を講じていく」と日本の農業政策について陳べています。大賛成です。

政府レベルで行うことは、そのための予算の確保、法制度や組織の準備、外交や貿易の交渉といったところだと思います。では底辺である僕のレベルで一体何ができるのでしょうか。考えることはやはり「リーンシックスシグマで日本の農業に貢献する」ということになります。

インターネットで調べてみると、世界的にリーンシックスシグマを使っている農業関連の企業(農耕機械や肥料、加工食品)は数多くあります。しかし僕が興味あるのはそのような大企業ではなく、小さな農家で実践するリーンシックスシグマです。そこで見つけたのがこの本です。この本の中にはそれこそ小さな農家でリーン実践し、ビジネスとして成功する秘訣が具体的に書かれています。

本の概要(裏表紙から)

The Lean Farm: How to Minimize Waste, Increase Efficiency, and Maximize Value and Profits with Less Work

  • By Ben Hartman in 2015
  • ISBN-13: 978-1603585927
  • ISBN-10: 1603585923
The Lean Farm

著者のベン・ハートマン氏は、ビジネスにおける最新のアイデアを彼の農業に当てはめることで、利益の向上だけではなく、持続可能な環境作りや地域経済の発展に結びづくことを次から次へと発見しています。

彼は本を通して、リーンを使うことによって、農業運営に内在するあらゆるムダを発見し、そしてそのムダを取り除くという効率的な新しい農業を説明しています。

彼が実践するリーン農業は、小さな農家で作物を育て地域に貢献していこうとする、農業に興味を持つこれからの若い人たちにとっても参考になるに違いありません。

リーンは日本の自動車産業で発達しました。しかしその理論は今、世界中の農業で意欲的に使われています。彼のたった1エーカーの小規模零細農家が良い例です。リーンを実践することで、多くの収穫を少ないコストで生産することができます。農業をビジネスとして成功させることは、どのような規模の農家でも可能なのです。〔ママ〕

あくまで個人的な書評

10月も終わりに近づき、毎週土曜日に近所で開かれる農家のマーケットにも品数が少なくなりました。「この農家の人達はこの品数でどうやって生活しているのだろう」。また最近定年退職した先輩は、小さな農園付きの田舎の物件を買って、そこに移り済みました。趣味として農業をしながら、引退後の生活を楽しむそうです。「作物をマーケットで売れば、小銭稼ぎくらいにはなるのだろうか」。僕の家には小さいながらも庭があり家庭菜園を楽しんでいますが、庭作業は結構な重労働です。「もっと楽に家庭菜園ができないものか」。先日偶然にも、都会の真っ只中で小さな農園を営み、近所のレストランに野菜を届けるビジネスをしている人と話すことがありました。「本当にビジネスとして成り立つのかな」。

そんなことが重なり、次第に「リーンシックスシグマと農家」が頭の中で結びつき始めました。そこで読んだ本がこれです。

著者のベン・ハートマン氏は「農業はムダの宝庫」だと言い切ります。ムダを排除するだけで運営効率が高まり、小さな農家でもビジネスとして成り立つという成功事例を、彼はこの本の中で具体的に示してくれました。

リーン理論はムダを排除するだけでなく、顧客に価値を届けることを重視しています(例えばトヨタのジャストインタイムのように)。そのためベン・ハートマン氏は、小さな農家の視点から「顧客にとって何が価値なのか」ということを徹底的に掘り下げています。例えばマーケットでのお客さんとの会話、レストラン・オーナーからの要望、野菜宅配ボックスの野菜使用量など、情報取得可能な所をすべて使って顧客の価値を探り、それを生産計画に反映させたり、美味しく野菜を食べるレシピを野菜と一緒に提供したり、リーンから学んだことを彼なりに応用して色々な試みを行っています。

リーンでは「現地現物」を重視します。もちろん農家にとってみれば「現地現物」は農場の野菜なのですが、面白いことに、顧客にとっても「現地現物」は農場にある野菜なのです。顧客にとっての「現地現物」の価値に気付いたベン・ハートマン氏は、作物を顧客に届けるだけでなく、顧客が実際に自分の農園に来て、自分の目で作物が育っている様子を見てもらえるような方策を色々と打っています。

ベン・ハートマン氏の小さな農家には多くのグラフやチャートが張られ、農業の「見える化」も行っています。彼はその全てをリーンから学びました。

リーンシックスシグマ、とくにリーンは日本の自動車産業で発達し、その理論は世界中に広まりました。今、リーンシックスシグマは世界中で製造業だけではなく、サービス業や医療、そして農業で使われています。生産性や品質を高め、グローバルな競争に勝つためには必要だからです。

著者のベン・ハートマン氏も、生産性を高めたことで余暇時間が増え、それまでなかなかできなかった旅行などが比較的簡単にできるようになったそうです。

人手不足の農業だけではなく、過労死が未だに問題となっている日本においてはリーンシックスシグマによる生産性の向上を真剣に考える時が来ているのではないかと、この本を読んで思いました。

トヨタも農業に参入し、トヨタ流カイゼンを農業に応用し始めました。米国の農耕機械大手意の John Deere は IT 技術を使った近い将来の農業を描いています。

https://www.youtube.com/watch?v=jEh5-zZ9jUg

ビデオあるような IT 技術を使った新しい農業も素晴らしいのですが、そのようなことをしなくても、リーンなら身近なところから簡単に始める事ができます。やはり僕が好きなのは、このベン・ハートマン氏の小さな農家で行っているような人間味のある泥臭いリーンや、中小企業で汗水たらしながら行うようなリーンシックスシグマです。それこそが、これからの日本に必要なものであり、唯一僕が貢献できる分野ではないかと思うからです。

(追記: このJohn Deere のビデオは 2012 に作られたものですが、5年後の 2017 の今、すでに 80% の内容が実現されていると聞きました)