最近、リーンシックスシグマの病院への応用について書かれた本を読んでみたので、ご紹介いたします。
本の概要(裏表紙から)
Lean Six Sigma for Hospitals / Simple Steps to Fast, Affordable, Flawless Healthcare
- By Jay Arthur in 2010
- ISBN 978-0-07-175325-8
- MHID 0-07-175325-7
この本は、(1)病院の運営効率を迅速に高め、(2)患者さんのケアの質を高め、かつ(3)運営コストを下げるための、リーンシックスシグマ手法とそのツール類の応用について解説しています。
いかに患者さんを病院のドアから診察、そして退院まで、スムーズに、しかも高い医療品質を保ちながら導くか、また請求書の発行や集金などお金の流れについても、この本は書かれています。
特に品質の三悪:遅れ、欠陥、バラツキなどを減らすために、大病院で実際に行われた事例をもとにして、この本はリーンシックスシグマやそのツールの病院への応用について説明しています。
- 5日でできる、迅速でかつ顧客満足度の高い病院運営
- 患者さんの流れを高めるリーン手法
- 医療ミスを減らすシックスシグマ手法
- 5日でできる、利益性の高い病院運営
- シックスシグマの病院への応用
- リーンシックスシグマのためのエクセル・ツール
- 病院運営プロセスの向上のための、データ解析
- 持続可能性を高めるためのコントロール・チャートの利用
- リーンシックスシグマの統計的手法
- リーンシックスシグマの実践と導入〔ママ〕
あくまで個人的な書評
僕があまりサービス業界でのリーンシックスシグマの応用について詳しくなかたので、友人がこの本を薦めてくれました。正直なところ、この本を読む前は不安と期待が入り交ざっていました。
まず不安というのは、「もしサービス業(特に病院)でのリーンシックスシグマが、これまで僕が製造業や開発でやってきたリーンシックスシグマと異なっていたらどうしよう」というものです。もし全く違うものだったら、また一から勉強のやり直しです。それはそれで楽しいのですが、できれば「同じようなものだった」と安心したかったのです。
期待というのは、「リーンシックスシグマの新しい応用の仕方が学べるかもしれない」という期待です。リーンシックスシグマは柔軟ですが、応用のためには価値やプロセスの見方や考え方、ツール類の調整・変更が必要です。その調整や変更など、日頃僕がやっているやり方とは違うものが学べるのではないかという期待がありました。
結論から言うと、不安はなくなり、期待はある程度満たされました。基本的に、リーンシックスシグマの考え方と応用は、病院運営でも同じでした。いくつか違ったことは、
- 対象(価値)が物(製品)から、人(患者さん)へ変わったこと
- プロセスが製品の流れから、患者さんの流れに変わったこと
- 製品の完全性から、患者さんの安全性に変わったこと
- 製品の品質から、患者さんの満足度に変わったこと
などです。対象とする価値やその流れ(プロセス)が変わっても、リーンシックスシグマを使って、品質や安全を高めたり、コストを削減して利益を高める方法には変わりがありませんでした。
率直なところ、もし病院業務に精通さえすれば、リーンシックスシグマ実務者として病院でも働けるかもしれない、とさえ思いました。またそう思えたことが、この本を読んでの何よりの収穫でした。
この本の中にはいくつも「5 日でできる xxxxの改善」という事例が出てきます。例えば、
- 5 日でできる緊急病棟のスピードアップ
- 5 日でできる手術室のスピードアップ
- 5 日でできる看護室の改善
- 5 日でできる薬局の改善
などです。これはほんの一部ですが、病院業務全般に渡って、5 日でできる改善事例が多く書かれています。「5 日でできる」というのはずいぶん大げさだと思いますが、筆者の言いたことは分かります。一言で言えば「病院には簡単に取り組める改善の余地が山ほどある」ということでしょう。そして病院のプロセス改善にはリーンシックスシグマが最適な手法であるということです。
リーンシックスシグマには無数のツール類がありますが、この本では使用するツールを、効果があるものだけに限定しています。例えば、
- VSM(Value Stream Map:価値と情報の流れ図)
- セル
- スパゲッティ図
- パレット図
- ラン・チャート
- Cause & Effects 図(イシカワ、フィッシュボーン図)
- VOC
- CTQ
- SIPOC
そんなところです。他のリーンシックスシグマ本とは違い、思いっきりツール類を即効性のあるものだけに限定しているところには好感が持てました。
僕の好きな統計的手法についても書かれてはいますが、ほんの概要程度です。その点では、リーンシックスシグマの統計的手法が好きでない人(大多数?)にも安心して、この本は薦められます。
最後の章が、もっとも共感できるところでした。最後の章は「リーンシックスシグマの病院への導入」に際し、その障害となるものや失敗の原因、その克服方法などについて書かれています。それは何も病院だけの問題ではなく、どの業界でもリーンシックスシグマ導入に際しては、共通の問題です。同じ問題に悩むものとして、この最後の章はとても参考になりました。
最後に一つ、この本の中でとても気に入ったパラドックスとして、「プロセスを効率化すると仕事がなくなるのではないかと心配する(抵抗する)医療関係者がいるが、実際はプロセスを改善すると患者の満足度が上がり、病院の評判が高まり、外来患者が増え、仕事が一層増える」というものです。このパラドックスは、僕も仕事の中で使ってみようと思いました。