この本の書評を書こうと思ったきっかけも、実はマイク根上さんとの会話でした。根上さんから「トヨタのカイゼンは製造現場だけではなく、財務や会計にも応用できるみたいですよ」と聞かされたとき、ふと、昔の悪い思い出が蘇ってきました。根上さんと電話では話しませんでしたが(他にもたくさん話題があったので)、ここに書評として話したかったことをまとめてみます。
僕は以前、社内のリーン・ブロンズ認定に引き続き、リーン・シルバー認定のためのトレーニング用カリキュラムを作るチームに入っていました。
リーン・ブロンズでは「リーンのテクニック」に主題を置きましたが、一方リーン・シルバーでは「リーンを使った組織目標達成」に主題を置きました。そのため僕は「リーン・シルバー認定のためのトレーニングには、絶対に財務知識が必要だ」と主張しました。
別に驚くことではないのですが、リーンやシックスシグマの経験者は、技術的なことは大変良く知っていても、財務や会計になると全くの素人です。トレーニング用カリキュラムを作るチーム・メンバーも同様でした。そのため僕が「財務知識が必要だ」と言い出した時、「それじゃあ、お前が好きにやっていいよ」ということになりました。
そのトレーニング用の教材を作る際に参考にしたのがこの本です。
本の概要(裏表紙から)
Practical Lean Accounting:
A Proven System for Measuring and Managing the Lean Enterprise
「実践的なリーン財務」
「リーン企業を測定し管理するための証明された財務システム」
- By Brian Maskell, Bruce Baggaley, Larry Grasso
- ISBN-13: 978-1439817162
- ISBN-10: 9781439817162
”この本は素晴らしい。第二版はさらに良くなった。この本はリーン企業がどのようにして改善活動を測定し、管理すれば良いのか、ということを理解するのに大いに役立った。さらに各章には多くの事例やツールが挙がられ、また実践的な情報が提供されている・・・”
あくまで個人的な書評
この本を読んで、リーンの改善活動がどのようにキャッシュフローや仕入材料回転率を高めるのかということが、財務計算を通して良く分かりました。そしてなぜ(特にアメリカの企業では)改善活動が中止に追い込まれてしまうのかが、数字を通して理解することができました。
僕はこの本を参考にトレーニング教材を作り、トレーニングで次のように教え始めました。
- リーンの改善活動は総製造費を下げないこと
- リーンの改善活動は総製造費を下げないので、途中でやめさせられてしまうこと
- 実際に企業で行われていることは、総製造費を下げるために人件費を下げること(首切りを含む)
- 人件費を下げることが改善活動の目的では決してないこと
- キャッシュフローを上げることが改善活動の目的
- 高まったキャッシュフローを、次の成長のために使うことが改善活動の究極の目的
僕は、改善活動は「キャッシュフローを高めて、財務体質を改善し、それを次の成長のために投資すること」が究極の目標であることを、財務計算を通して説明しようとしたのですが、その前に生徒達から「改善が製造費を下げない訳がないだろう」と散々文句を言われてしまいました。そのためスライドを使って、まずは簡単な財務計算から説明を始めました。
これはアメリカの財務計算指針を使っているので、日本の財務計算指針とは少し違うかもしれません。しかしポイントは同じで、総製造費は「当期に使った総費用から残った費用を差し引いたもの」だということです。
生徒たちはここまでは何となく理解してくれました。問題は次のスライドでした。
例えば、ある工場長が「リーンのカイゼンはいいらしい」とどこからか聞いて、自分の工場でも大きな改善イベントを行ったとします(第一四半期)。そして社員総出でバッチ処理を少なくし、工程内仕掛品を少なくし、作業手順を見直して、材料ロスを少なくしたとします。結果として:
- 工程内在庫の削減と材料ロスの削減から、当期材料仕入高が減る
- 結果とし、期末材料棚卸高も減る
ことになります。しかし財務計算処理は変わっていないので、逆に、総製造費は増えてしまうことになります。この時点で企業のキャッシュフローは大きく改善されているのですが、工場長には関係がありません。工場長に求められている任務は「総製造費の削減」だからです。
第一四半期の財務会計処理が終わって、経理から「総製造費が上がりました」という結果を聞かされた工場長は「いったい社員どんな改善をしたんだ!」と怒り狂うことになります。
怒り狂うのはこの工場長だけではなく、僕のトレーニングを受けていた生徒達も同じでした。「リーンのカイゼンが総製造費を増やすなんて、絶対に納得がいかない!」と言うのです。「だから、これが財務計算のやり方なの。分かる?。キャッシュフロー計算と総製造費の計算は違うの。分かる?」と何度も説明しても分かってくれませんでした。
次のスライドは火に油を注ぐ結果になってしまいました。
どうにか工場長をなだめすかして、社員達は改善活動を続けたとします(第二四半期から第四四半期)。ジャストインタイムシステムを導入し、カンバンを使ったプル・システムに移行し、バッチ処理から単品流しに製造プロセスを改善したとします。継続的な改善努力です。
するとどうでしょうか、当期材料仕入高だけではなく、材料棚卸高(期首と期末)も減り続けました。その分キャッシュフローが増えて、企業の財務体質が改善されました。社長も経理担当も大喜びです。しかし総製造費は増える一方です。キャッシュフローなど関係のない工場は怒り狂い、改善活動をやめてしまいます。
総製造費を下げるためには、人件費を下げる以外に方法がありません。そこで怒り狂った工場長は、リーンの担当者や改善チームメンバーを首にするだけではなく、作業効率が上がって負担が減った社員達までも首にしてしまうのです。
これは単なる作り話ではなく、実際にアメリカの工場で起こっていることです。
財務管理を知らないトレーニング参加者(僕の生徒)達も同様で、まったく納得がいきませんでした。「自分たちは改善努力しているのに、なんで首にされなきゃならないんだ!!」と怒り心頭でした。
「だから、これが従来の財務計算のやり方なの。分かる?。財務会計処理(特に上場企業は)は法律で処理の仕方が決められてしまっているから勝手に変えることができないけれど、リーンを目指す企業はそのことを理解し、キャッシュフローを高め、財務体質を改善し、将来の成長のために投資することを目指す、それが目的なの!」「君たちはリーンのリーダーになるんだから、それを理解しなくてはいけないのだ!」と、僕も半分喧嘩腰となってしまったので、今ではそれが悪い思い出となっています。
また「リーン財務」のトレーニングは評判が悪かったので、一度限りで終わりになってしまいました。それも悪い思い出の一つです。
リーンやシックスシグマの経験者は、どうしてもツールやテクニックに目が行ってしまいがちですが、なぜリーンやシックスシグマを使うのかを理解しないと、あの工場長みたいにとんでもない方向に行ってしまいます。ぼくはこの本を読んで、またトレーニングを通じて、そのことを強く感じました。
根上さんから、日本でも改善を財務会計に応用しようとしていると聞いて、日本ではアメリカのような過ちしてもらいたくないと思いました。