いくつかのサブ・プロジェクトから構成される大きなブログラムが終了しました。そこでいつものようにレッスンズ・ラーンド(Lessons-Learned: 学んだ教訓)をまとめることになり、そしていつものように僕がその取りまとめを行いました。
レッスンズ・ラーンドはプロジェクト・マネジメントの世界で広く行われているだけではなく、シックスシグマの世界でも最後の定着フェーズ(Control Phase)でプロジェクトを振り返り、プロジェクトで得た教訓(成功や失敗)を今後に活かす目的で行います。
レッスンズ・ラーンドは広く行われているため、インターネットを使えば多くの情報を簡単に入手することができます。そこでここではレッスンズ・ラーンド自体について解説することはせずに、むしろレッスンズ・ラーンドをどのように進め(プロセス)、どのように教訓や知識を抽出し(分析)、どのように今後のプロジェクトに活かすのか、ということを中心にして、ひとつの事例として僕のやり方を紹介したいと思います。
レッスンズ・ラーンドの進め方(プロセス)
僕はレッスンズ・ラーンドをおおよそ次ぎの4ステップで行います。
- レッスンズ・ラーンドの収集(収集フェーズ)
- レッスンズ・ラーンドの定型化(定型化フェーズ)
- レッスンズ・ラーンドの分析(分析フェーズ)
- レッスンズ・ラーンドの活用(活用フェーズ)
収集フェーズでは、ブレインストーミング形式のミーティングを開催し、参加者(チームメンバー)からレッスンズ・ラーンドを収集します。定型化フェーズでは、後の分析をやり易くするために、参加者各自の自由な言葉で書かれた意見を一定の法則・文法で定型化します。分析フェーズでは、グルーピングや根本原因の把握、優先順位付けなどを行います。そして最後の活用フェーズでは、改善項目(将来の予防措置)を優先順位を付けて抽出し、それを次のプロジェクトで同じ過ちを防ぐために展開していきます。
1. レッスンズ・ラーンドの収集
収集フェーズの目的は、できるだけ多くのレッスンズ・ラーンドを集めることです。そのためブレインストーミング手法を用いて、参加者の自由な発想を促します。
一般的なブレインストーミングでは、参加者各自が付箋のような紙切れにアイデアを書いて、それを壁に張って皆でアイデアを共有するのが普通ですが、僕は紙切れの代わりに電子ボードのようなウェブ・サービスを利用します。なぜなら、
- 参加者(チームメンバー)が地理的に離れていることが多いため
- 参加者は全員ノートブックPCを持っている
- 参加者はどこからでも電子ボードにアクセスして情報を共有することができる
- 電子ボードの情報はそのままの形で保存できる
からです。
そしてブレインストーミングの前には、次の二つのテンプレートカードを電子ボード上に用意します。
悪いことから学んだレッスンズ・ラーンドのテンプレートカード
- 問題の内容(どのような局面で、どのような状況が発生したのか)
- 問題の影響(問題はどこに、どのように悪い影響をもたらしたのか)
- 考えられる問題の根本原因または理由
- 解決策(未実施の場合は推奨する解決策、実施済みの場合は採用した解決策とその結果)
良いことから学んだレッスンズ・ラーンドのテンプレートカード
- 成功の内容(何が上手くいったのか)
- 成功の影響(成功はどこに、どのように良い影響をもたらしたのか)
- 成功の要因(どのような要因が成功をもたらしたのか)
- 考えられる改善策(さらに良くするために改善することはあるか)
電子ボードを設定し二つのテンプレートカードを作ったあと、1時間半ほどのミーティングを開催します。参加者は全員ノートブックPCを持ってミーティングに参加します。電子ボートにアクセスしながら会話ができれば良いので、会議室に集まっても良いし、ネットワーク経由でも構いません。
1時間半ほどのミーティングは以下のように進めます。
- 5分間: レッスンズ・ラーンドの目的と範囲(スコープ)の説明、ブレインストーミング形式の説明
- 5分間: 電子ボートの使い方の説明、二つのテンプレートカードの説明、アイデアの投稿の仕方の説明
- 20分間: 各自アイデアを電子ボートに静かに投稿する
- 1時間: 投稿されたアイデア(カード)を順番に開けていき議論を促す。議論中でも、各自はアイデアを電子ボートに投稿し続ける。議論をする目的は、議論がさらに新しいアイデアを呼び起こす相乗効果があるため
参加者が投稿したカードがどんどん増えていく様子を見るために、会議室の大きなフラットディスプレイには電子ボートを映しておきます。
参加者はテンプレートをコピーしながら新しいアイデアを書き込んでいき、電子ボードに投稿します。できるだけ多くのレッスンズ・ラーンドを集めることが目的ですので、投稿されるカードの内容が重複していても全く問題ありません。
大きくて困難なプロジェクトが終わった直後にミーティングを行えば、チームメンバーもそれなりに鬱憤が溜まっていこともあって、1時半という短いミーティング時間でも結構な数のレッスンズ・ラーンド(カード)が集められます。
2. レッスンズ・ラーンドの定型化
各レッスンズ・ラーンド(カード)は参加者が自分の言葉を使って自由な発想で書いているため、そのままの形では分析することができません。そこですべてのカードを一旦エクセルなどのツールに落とし込みます。そして共通の単語、共通の文法となるようにエクセルに落とし込んだ文章を定型化していきます。このとき次フェーズの分析目的に合わせてカラム(欄)を設定すれば、情報の並べ替えや検索等が簡単になります。
収集したレッスンズ・ラーンド(カード)の数にも拠りますが、文章の定型化は手間のかかる地道な作業です。しかしこの定型化フェーズの結果が次ぎの分析フェーズに大きく影響を与えるので、細心の注意が必要です。というのも、定型化するということは、つまりカードを読んで理解し、内容を翻訳することだからです。
3. レッスンズ・ラーンドの分析
前の定型化フェーズで、一つ一つレッスンズ・ラーンドを読み、問題内容の理解が進んでくると、そのプロジェクトが抱えていた問題の全体像がぼんやりと見えてきます。個々の問題の内容やその根本原因の数や種類も分かってきます。そしてそれらの問題をもたらした根本原因が発散しているのか、それともいくつかの根本原因に収束するものなのかが、感覚として掴めるようになります。
根本原因が発散していると感じられる場合の分析
この場合、様々な根本原因が複雑に絡み合って色々な問題を引き起こしていたと考えられるので、その対策も多岐に渡ることが予想されます。時間やリソース、コストなどの制約から、多岐に渡る対策をいっぺんに施すことはできないので、分析フェーズでは優先順位付けを目的にします。
問題の重要度、根本原因が発生する頻度、現プロセスによる問題の検出力、などの評価項目を使って優先順位付けを行うためにはFMEAが最適です。そのため根本原因が発散していると感じられる場合は、FMEAを使って最もリスクの高い問題や根本原因を探っていきます。
いくつかの根本原因に収束していると感じられる場合の分析
この場合、数少ない制約がプロジェクトに様々な影響を与えていたのではないかと考えられます。そのためTOC(Theory of Constraints: 制約条件の理論)で用いられる手法を使って、制約条件を視覚的に表現しなから分析を進めます。主に使うツールは
- 現状マップ(現状構造ツリー)
- 対立解消図(蒸発する雲)
- 将来マップ(未来構造ツリー)
- 戦略と戦術
などがあります。
4. レッスンズ・ラーンドの活用
分析フェーズのアウトプットは優先順位の付けられた改善項目(将来の予防措置)です。活用フェーズでは、新しいプロジェクトで同じ様な過ちが再び起こらないように、予防措置を実施していきます。また同じ様な過ちが他のチームでも起こらないように、分析結果を他のチームとも共有します。
集めたレッスンズ・ラーンドの中には、新しく得られた知識も多く含まれます。そのような知識を使って知識ベースの更新も行います。