解説: 顧客の声から顧客の価値へ(7)

これまでボイス・オブ・カスタマー(VOC)について6回連載してきましたが、とても嬉しいことに、ここにきてブログ読者からVOCについて質問を頂きました。頂いた質問の内容をご紹介しながら、僕の考え方を記したいと思います。

質問1 VOCの基本的な手法

「第一段階はお客様の声(フリーコメント、顕在化した声)を集めてデータベースを構築し、それを分析する。そして第二段階では(顧客が自覚していないような改善点を抽出するために)ジョブマップなどを使って顧客が知覚するであろう価値ポイントを想定した上で体系的なアンケート調査を作り込んで実施する、というのが基本的な手法なのですか?」

基本的な手法と思って下さって結構です。ただ「こうしなくてはいけない」という絶対的なものではなく、「こういうやり方もある」程度に捉えて下さった方が良いかもしれません。

産業やマーケット、対象とする製品やサービス、そしてその顧客タイプ(B to B や B to Cなど)にはそれぞれ違った特徴があります。また個々の企業においても経営方針や予算、事業計画などに違いがあります。そのためバランスを取った最適な方法、つまり少ない資源の投入で最大限の効果が得られる方法を選べば良いのだと思います。

どの様な方法を選んだにせよ、最も大切なことは「解決する課題は何か」ということを前もって明確にして、それを解決するために「どのようなアクションを起こすか」ということを想定しておくことです。お客様の声もアンケートもそれを裏付ける情報に過ぎません。課題を解決するためのアクションに正しい情報(分析結果)が提供できるのであれば、VOCはどんな手法をとっても良いのではないかと思います。

予算や時間をかけたVOCのレポートを上司が見て、「ふーん。綺麗な図表だけど・・・それでナニ???」で終わってしまい、アクションに結びつかないことが最悪の結果かもしれません。

質問2 VOC第一段階(品質の向上)と第二段階(顧客満足の向上)の順序

「提供している製品やサービスに関して不満に思う顧客が一定数いる一方、ある程度満足している顧客もそれなりにいるはずです。そのような場合でも、まず第一段階で一定レベルまで品質を向上させた上で第二段階に移るというイメージなのでしょうか?」「あるいは製品やサービスごとに第一段階と第二段階を同時に実施したり、製品やサービスごとに使い分けたりするのでしょうか?」

ブログ記事では説明の都合上、第一段階と第二段階を明確に分けましたが、実際には第一段階と第二段階を同時に実施することはよくあります。正確に言えば、どちらも一度限りのものではなく、定期的に繰り返し行われるものです。定期的に行うことで、改善(アクション)の効果を測定することができるようになります。さらに言えば、マーケット側が(勝手に?)変化する以上、定期的に第一段階も第二段階もやらざるを得ないと思います。

また第二段階はその性格上、製品やサービスごとに行われます。

良い譬え話かどうか分かりませんが「解説: 顧客の声から顧客の価値へ(1)」でも書いたように、もし病気や怪我をしている人が健康になろうと思ったら、まず出血を止めたり手術をしたりして動ける体に戻らなければなりません(第一段階)。動けるようになったら適切な運動を継続的に行って健康増進・体力増強に努めます(第二段階)。そして健康になってからも定期的に健康診断(第一段階)をすれば、病気を未然に防ぐことができます。そんなイメージです。第一段階と第二段階は目的も内容も異なりますが、行動(アクション)が伴う点は一緒です。

不満に思う顧客と満足している顧客が両方とも一定数いることは確かですが、「お客様の声」を使った第一段階ではその割合を知ることは難しいと思います。なぜなら大抵の場合「お客様の声」は不満が多く、「お客様の声」にはかなりのバイアス(偏重)がかかっているからです。

質問への回答(1)

質問3 第一段階での優先順位付けをいかに効率的に実施するか

「顧客フィードバック(お客様の声)を、理解できる形に翻訳し、分類し、そして重み付けをするということはとても重要だと思うのですが、同時に、件数が一定数以上あると、その作業にはかなりの時間がかかります。仮にこの一連の作業を人手で行った場合、どのような役割分担でやればよいのか、またどのようにしたら効率的に行えるのか、具体的な事例などはありますか?」

僕の身近な例(BtoBの場合)では、営業(セールス)担当が客先訪問報告書を兼ねて翻訳カードを記入しています。別のルートでは、顧客サポート部門や修理・品質管理部門が顧客から受け付けた製品やサービスに関する情報をもとにして翻訳カードを記入しています。部署ごとに内容が異なるので翻訳カードの形式も多少違いますが、基本的な考え方はどこも同じです。

そして製品企画部の担当者が記入された翻訳カードにまとめて分類や重み付けなどをしています。重み付けは様々な条件で変わってくるので、変化に柔軟に対応できるデータ構造にしています。

質問4 翻訳や重み付けの簡単な方法

「毎月1,000件を超える顧客フィードバックを少ない自部門のリソースで処理することは大変です。しかしテキストマイニング等もまだ実用レベルに達していません。何か簡単な方法はないですか?」

すべての顧客フィードバックをはじめから詳細に分類・分析することが大変な時は、実際にアクションを起こす段階になってから、そのアクションが対象とする(必要とする)顧客フィードバック“だけ”を抽出して、それだけを詳細に分析すれば、かなりの労力を省けます。

しかしアクションに優先順位をつけたり、必要な顧客フィードバックだけを抽出するために少なくとも大分類、中分類、小分類などが必要になります。

例えば優先順位の高いアクション(改善プロジェクトなど)を一つ開始したとします。そのアクションが20の顧客フィードバック情報と関連していれば、その関連している20の顧客フィードバックだけを詳細に分析するだけで、残りの980件の顧客フィードバックの詳細分析は後回しにできます。

分類方法には他にも色々な方法があります。狩野モデル(ブログで紹介予定)などもその一つです。また比較的簡単なため個人的に使っているのが、NUD要求(またはNUDE要求)による分類です。

  • N: New(新しい要求)
  • U: Unique(変わった要求)
  • D: Difficult(難しい要求)
  • E: Extreme(極端な要求)

なぜNUD要求を使うかと言うと、いくら新製品や新サービスを新しく開発したとしても、大体80%から90%は既存の製品やサービスの延長(焼き直し)であって、本当の意味での新機能や新サービスは、せいぜい10%程度のものだからです。その10%程度の新機能や新サービスは必ずNUD要求から来ています。そうであればNUD要求だけを抜き出して、他の顧客フィードバックの分析は後回しにすることができます。NUD要求だけを抜き出して分析するだけで、かなり作業が楽になります。

質問への回答(3)

テキストマイニングの話が出てきたので、それに関連して機械学習も念頭に置けば、クラスター分析、ロジスティック回帰分析、クラシフィケーション、ファクター分析などの機械学習には機械学習が扱いやすい分類(データ形式も含む)が必要になってきます。機械学習用のデータ分類仕分け作業は結構手間がかかりますが、テキストマイニングのテクニックを用いれば、もしかしたら機械学習用のデータ分類仕分け作業が楽にできるかもしれません。

色々書きましたが、ポイントは、

  1. 「解決する課題は何か」を定義し
  2. 分析手法と想定するアクションを仮定し
  3. 分析手法が必要とする分類項目を決め
  4. データを収集し
  5. 収集したデータを分類仕分けし
  6. 分類されたデータを分析する

ということだと思います。

質問への回答(3)

質問5 責任部署以外の全社的な優先順位の決定

「重み付けを含めてVOC全体の数値化については分かりましたが、責任部署が抱えるVOC以外のテーマ(例えば、原価低減、シーズ開発など)はどのように優先順位をつけるのですか?」

重み付けは各部署の責任者が集まって、全部署の合意によって決めるのが理想です。しかし実際には各部署の責任者が集まってミーティングをすると、すべての項目が最重要項目になってしまって、重み付けの意味が無くなってしまうことがよくあります。実際問題、重み付けはとても難しい作業ですので、経営トップが経営方針や事業計画に沿って最終的に決める必要があると思います。

意思決定ツールなどを使うことも一つの手です。たとえばAHP(Analytic Hierarchy Process: 階層分析法)や Pugh Matrixなどがあります。

質問6 改善効果の見積もり・ROI

「VOCは大事だと一般論では理解しつつも、改善することによる効果が測定できません。何か説得力のある改善効果の見積もり方法はありますか?」

コスト削減につながるような改善であれば、ハードコスト削減(材料など)やソフトコスト削減(人件費など)を金額で算出することができます。しかしコスト削減につながるような改善ではなく、むしろ将来の売上やマーケットシェアの向上につながるような投資的な改善については、“説得力のある”改善効果の見積もり方法は残念ながら知りません。

説得力はないのですが、僕は時々以下のような会計計算を使うことがあります。「研究開発費に100万円使ったとしても、それでマーケット・シェアが1%上がれば、利益が5000万円増える」などという説明をするためです。

投資利益率や総資産利益率について深く考えている責任部署は多くはないので、いくら 投資利益率 や 総資産利益率 を使って期待する経済効果を説明しても、なかなか納得が得られません。

VOCの目的は、結論から言えば、マーケット・シャアの向上しかありません。そのため市場での自社の評価を測ることでしかVOCの結論は見えないのではないかと思っています。それについては、ブログの後半で書く予定です。

質問への回答(4)

質問7 プラス(賞賛)のフィードバックの使い方

「プラスの顧客フィードバックの使い方が難しく、ついつい放置しがちです。何か良い使い方はありませんか?」

社内の士気を上げるために、プラスの顧客フィードバックを社内で共有する方法があります。プラスの顧客フィードバックを使った社内の褒章プログラムがあるとよいかもしれません。

マーケット・シェアを広げるために、プラスの顧客フィードバックを使って自社の優れた点を既存顧客以外の層に知ってもらう方法もあります。ただし比較宣伝は諸刃の剣なので、それは避けた方がよいかもしれません。