これまで顧客ロイヤリティや顧客満足度について説明してきましたが、企業が長期的に競争市場で成長を続けていくためには、やはり自社の既存顧客だけを対象としていたのでは限界があります。なぜなら、顧客ロイヤリティや顧客満足度を上げることで短期的な利益を得ることに仮に成功したとしても、常に変化する市場・顧客・競合他社の中で企業が長期的な利益を継続して獲得していくためには、それだけでは決して十分でないからです。
それを補うためにはVOCの第三段階である「市場における企業価値の向上」に進む必要があります。この段階はVOC(ボイス・オブ・カスタマー)というよりは、むしろVOM(ボイス・オブ・マーケット)に近いかもしれません。
まず最初は、競合他社の顧客を含めた市場での顧客情報の収集や顧客価値分析などについて触れたいと思います。
既存顧客のサーベイ(アンケート)調査の限界
顧客ロイヤルティや顧客満足度とは全く関係の無い話のようですが、第二次世界大戦中に実際にあった話を紹介したいと思います。
第二次世界大戦中に米軍は戦闘機を強化するために、戦闘から帰還した戦闘機を調査しました。特にパイロットを銃弾から守るために、帰還した戦闘機に開いた銃弾の場所(跡)を調べました。そしてそのデータを基に、戦闘機を強化していったそうです。
お分かりだと思いますが、帰還した戦闘機は撃ち落されずに帰還したのであって、これを基ににデータを分析しても、帰還できなかった戦闘機がなぜ撃ち落されたのか、機体のどこが弱かったのかが分かりません。これと同じことが既存顧客を対象とした顧客ロイヤルティや顧客満足度のサーベイ(アンケート)調査でも行われています。
ロイヤリティが高く自社が提供する製品やサービスに満足している顧客であっても、ある日突然、競合他社の製品やサービスに切り替えてしまうことは良くあります。古い例ですが、例えば1980年代以降のGM社の車キャデラックが良い例です。キャデラックは顧客のリピート率が高く、顧客のロイヤリティも満足度も常に高い値を維持していました。しかし次第にBMWやレクサスに市場を奪われ、高級車市場での地位が低下していってしまいました。
この例からも分かるように、既存の顧客からデータを収集し分析する限り、やはりそこには限界があります。なぜでしょうか。
競合他社の顧客に関する情報を得ていない
市場独占企業ならいざ知らず、市場シェアを競合他社と奪い合っている企業は、自社の顧客の情報だけを見ている限り、なぜ競合他社の顧客が競合他社の製品やサービスを選ぶのかが分かりません。もし自社の顧客が競合他社が提供する製品やサービスの価値に気づいてしまえば、あっさりと自社から離れて競合他社へ乗り換えてしまうでしょう。
市場における選択肢の変化を考慮していない
競合他社によって市場には新しい製品やサービスが次々に導入されており、顧客にとっては選択肢の幅が広がってきています。自社が提供する製品やサービスへのロイヤリティや満足度を測り、その高さに満足している限り、顧客がなぜ他の選択肢を試してみるのか、その理由が分かりません。
競合他社と比較したデータを分析していない
競合他社が占める市場での位置や顧客に提供する価値は常に変化しています。相対的に自社が占める市場での位置や顧客に提供する価値も変化します。自社の既存顧客データだけを使っている限り、その相対的な変化が分かりません。顧客は絶対的な価値ではなく、相対的に価値の高いものを選びます。自社や競合他社が提供する相対的価値が分からなければ、なぜ顧客が競合他社が提供する製品やサービスを選ぶのかが分かりません。
競合他社の変化の速さを考慮していない
上記と同じように、自社に関するデータだけを使っている限り、競合他社の市場での位置や顧客に提供する価値が変化する速さが分かりません。また顧客ロイヤリティや顧客満足度の調査結果、経営指標(売上高や利利益率など)は過去のある時点でのスナップショットです。それらを使っても顧客が明日求める価値の変化が分かりません。価値の変化に気が付いたときはすでに顧客と市場シェアを失っていることでしょう。
顧客は相対的に価値の高いものを選ぶ
すでに何度か「価値」という言葉を使ってきましたが、では価値とは一体なんでしょか。
価値工学(バリューエンジニアリング)は「価値は機能を価格で割ったもの」と定義します。これから話を進める顧客価値分析は「価値は品質を価格で割ったもの」と定義します。そして両者ともに「顧客はモノやサービスを買うのではなく、価値を買う」、「価値は価格に対する品質(機能)である」と定義します。 両者は分析のやり方が異なるだけで、定義の内容はほぼ同じです。
顧客価値分析では、価格は購入金額や費用などの(市場内の)相対的な評価を使います。そして品質は金額で表すことのできない製品やサービスの属性の(市場内の)相対的な評価を使います。つまり顧客価値分析は相対的品質を相対的価格で割った相対的価値を分析するものです。
価値の上げ方
上記の分数計算式からも分かるように、価値を上げるためには、
- 価格を維持して品質を高める
- 品質を維持して価格を下げる
- 価格を上げて品質をより一層高める
基本的にこの3つの方法しかありません。
「否、品質を下げて価格をより一層下げれば価値は上がるではないか」という方がいるかもしれません。確かにその通りなのですが、僕の答えは「YESまたはNO」です。
「YES」は中国製品です。
中国製品は品質を下げただけではなく、価格をそれ以下に下げました。それにより相対的な価値が上がり世界中の市場は中国製品で占められるようになりました。そして高い品質(と高い価格)を提供していた日本の製品は相対的な価値を失い、市場を中国製品に奪われてしまいました。
しかしここで重要なことは「中国製品は単に品質を下げたのではない」ということです。正確に言うと、「顧客が知覚する品質レベルまで品質を下げただけ」なのです。
日本製品と比較すると良く分かるかもしれませんが、日本製品は顧客が必要としない(知覚しない)品質を提供していたため、単なる「過剰品質」となっていました。過剰品質は価値計算の分子を大きくはしません。むしろ過剰品質による価格の上昇が分母を大きくしてしまい、結局は日本製品は相対的な価値を下げてしまったのです。
顧客価値分析で使う「品質」は「顧客が必要とする、または知覚する、利用するための品質」という意味であり、中国製品はそれを良く理解していたことになります。
(価値には高級品に代表されるように、所有することに喜びを感じるプレステージ価値がありますが、ここでは深く議論しません)
「NO」の意味は、持続不可能だからです。
品質と利益率には強い相関性があり、相対的に品質(顧客が知覚する品質)が優れている企業ほど利益率が高い傾向にあります。
もしある企業が製品やサービスの品質を下げ、かつ価格をより一層下げて価値を上げれば、企業の売上は一時期伸びるかもしれません。しかし利益は減ってしまうでしょう。長期的にみればその企業が存続することは難しいかもしれません。
また生活をより豊かにし発展していこうとする人類の目標から考えても、品質を下げることまでして売上を伸ばそうとする売上至上主義の企業は、市場から淘汰されるべきです。
品質属性
顧客価値分析では相対的な品質と価格を評価します。価格は販売価格や割引、販売諸費用など、金額で表すことができるので比較的分かりやすいのですが、製品やサービスの品質を測ることは容易ではありません。
そこで顧客価値分析では、製品やサービスの品質を測る方法として「品質属性」を使います。「品質属性」は提供する製品やサービス、市場などによって異なります。
しかし一般的な製品の品質属性には次のようなものがあります(David Garvinの定義)。
- パフォーマンス: 製品の一次機能、例えば出力や許容量などの利用に関わる仕様など
- 機能: 製品の二次機能、例えば操作性や色など •信頼性: 不具合がないこと
- 適合性: 仕様や国際基準などに適合していること
- 耐久性: 製品寿命が十分長いこと
- サービス性: 修理のしやすさ、早さ、保証など
- 美的感覚性: デザインが表面処理の美しさなど
- 評判: 一般的に知覚されている品質
また一般的なサービスの品質属性には次のようなものがあります(Leonard Berryの定義)。
- 一貫性: 常に一貫したサービスを提供すること
- 責任能力: 時間や約束を守る責任能力があること
- 専門能力: 顧客の要求に応える十分な専門的知識や技術があること
- アクセスのしやすさ: 顧客が訪れたり、質問したりすることのやりやすさ
- 礼儀: 丁寧さ、友好的な態度、顧客尊重など
- コミュニケーション: 顧客の声を聴くこと、顧客に分かるように説明することなど
- 信頼性: 正直で信頼しうるサービスや情報を提供すること
- 安全性: 疑わしい危険やリスクがないこと
- 理解する態度: 努力して顧客の要求を理解する態度があること
- 実態を伴うこと: 形ある実態としてサービスを提供すること
他にも様々な品質属性があります。以下のリストは参考までにウィキペディアから引用したものです。
購買に繋がる品質属性
一般的な品質属性以外の個別の製品や個々のサービス特有の品質属性を加えれば、その数は膨大になります。しかし顧客にとって、製品やサービスの購買を決定した品質属性は限られています。ではどの品質属性が顧客にとって重要なのでしょうか。
それを知るためには(自社の顧客に限らず)市場の顧客に直接聞いてみることが一番手っ取り早く確実です。例えば、
- グループインタビュー
- ワークショップ
- 来場者調査
- インターネット調査
- 郵送調査
- 電話調査
- 訪問調査
などの調査手法を使って、「なぜこの製品やサービスを購入したのか?」という質問とともに、顧客に品質属性を数値評価(1から10まで)してもらえば、購買に繋がる重要な品質属性が分かります。
調査によってある程度のサンプル数が確保できれば、そのデータを基に統計処理(多変量解析)が行えます。例えば、品質属性の重要度(優先順位)を知るためには
- 主要因(成分)分析
- 2値ロジスティック回帰分析
品質属性を組み合わせて、新たな品質属性を発見するためには
- 因子分析
また顧客価値分析とは話が違いますが、顧客をもっと良く知るために、
- クラスター分析
- 判別分析
- カイ二乗分析
などが使えます。
パーデュー・ファームズの事例
顧客価値分析をどのように行うのかを説明するために、パーデュー・ファームズの事例を紹介したいと思います。
パーデュー・ファームズは今でこそアメリカ東海岸を拠点とする全米第3位の規模を誇る巨大食用鶏肉会社ですが、そもそもパーデュー・ファームズは1920年にアーサー・パーデューと妻パール・パーデューが鶏卵を販売するところから始まりました。しばらくしてから鶏肉も販売するようになりましたが、この頃のパーデュー・ファームズはどこにでもあるような典型的な田舎農家でした。
ところがアーサーの息子のフランク・パーデューが1939年にパーデュー・ファームズに参加してから、フランクはパーデュー・ファームズだけではなく全米の鶏肉鶏卵業界そのものを変えてしまいました。それまでの鶏肉鶏卵を扱っていた農家や業者たちは、業界で何が起こっているのかも分からずに、瞬く間にパーデュー・ファームズに飲み込まれてしまいました。
品質プロファイルと価格プロファイル(父アーサー・パーデューの時代)
あるコンサルタントが、まだ父アーサー・パーデューの時代を良く知る農家たちが集まる組合集会で、父アーサー時代の顧客価値分析を行いました。
鶏肉の品質属性は、
- 肉色
- 肉と骨の割合
- 混入物
- 鮮度
- 入手性
- ブランドイメージ
などが挙がり、その重要度(重み)は「入手性」だけでが55%を占めました。なぜなら父アーサーの時代は大恐慌から第二次世界大戦に移り変わっていった時代で、鶏肉にブランドなどはなく、店先に並ぶ鶏肉はどれも同じでした。顧客は鶏肉を手に入れることができればそれで良いと思っていました。
また、どの農家も同じ値段で鶏肉を販売していました。つまりパーデュー・ファームズが販売するその時代の鶏肉は、品質や価格、どれをとっても他の農家のものとまったく同じだったのです。
その情報をもとに品質プロファイルと価格プロファイルを計算したものが下の表です(簡単な計算なので詳しい説明がなくてもお分かり頂けると思います)。
自社(パーデュー・ファームズ)の品質と価格の評価は他社(市場におけるその他の農家)と全く同じで、その市場におけるパーデュー・ファームズの相対的品質や相対的価格は1.0となりました。
品質プロファイルと価格プロファイル(息子フランク・パーデューの時代)
続いてコンサルタントは、組合集会に集まる同じ農家たちの協力を得て、息子フランク時代の顧客価値分析を行いました。
フランクの時代は第二次世界大戦後の勝戦国アメリカです。鶏肉を買う顧客の品質属性に対する重要度(重み)は、戦時中の父アーサーの時代とは全く異なりました。またテレビの普及が始まったのもフランクの時代でした。顧客が知覚する品質の変化を敏感に感じ取ったフランクは、ブランド力を高めるためにテレビ・コマーシャルを始め、また衛生面を高めるための様々な投資を積極的に行いました。
フランク時代の品質プロファイルと価格プロファイルを表したものが、下の表です。
パーデュー・ファームズが提供する鶏肉(自社)の鮮度や入手性は他の農家のもの(他社)と同じ評価でしたが、衛生面の評価やブランド力の評価は他の農家よりも優れていました。結果的にパーデュー・ファームズが提供する鶏肉の相対的品質は市場の他の農家に比べて、26%も高いことが分かりました。
一方パーデュー・ファームズの鶏肉は少し金額が高かったため、価格プロファイルは16%高いものになりました。
顧客価値マップ
品質プロファイルの結果をX軸に、価格プロファイルの結果をY軸にとって、顧客が知覚する相対的価値を表したものが顧客価値マップです。
父アーサーの時代は、相対的品質も相対的価格も1.0で、バーデュー・ファームズの相対的価値は他の農家と同じでした(中央の点)。しかし息子フランクの時代は相対的品質も相対的価格も上がり、バーデュー・ファームズの相対的価値は右上に移動しました。一方他の農家の相対的価値は右下に移動しました。
対角線は顧客が知覚する公平な価値ラインを表しています。相対的価値が公平な価値ラインよりも下にあると、顧客は相対的価値が高いと感じ、その製品やサービスを購入します。一方、相対的価値が公平な価値ラインよりも上にあると、顧客は相対的価値が低いと感じ、その製品やサービスを購入しません(公平な価値ラインから相対的価値が離れれば離れるほど、その傾向が強くなります)。
この公平な価値ラインは状況(時代や製品・サービスの特性)によって変化します。
例えば父アーサーの時代は恐慌や戦争が続いていたため、顧客は鶏肉の価格にとても敏感でした。そのため公平な価値ラインの傾きが小さくなっています。一方息子フランクの時代は価格よりも品質(特に衛生面やブランド力)に重点が移り、公平な価格ラインの傾きが大きくなりました。
(なお、公平な価格ラインの傾きも、収集したデータを分析することで得られます)
結果として、息子フランクの時代のバーデュー・ファームズは、相対的価格が高くなったにも関わらず、相対的価値は公平な価格ラインの下側に位置し、顧客はその高い価値(つまりバーデュー・ファームズの鶏肉)を買いました。一方その他の農家の相対的価格は安いにも関わらず、相対的価値は公平な価格ラインの上側に位置するようになり、顧客は去っていきました。それが今のバーデュー・ファームズの繁栄に繋がっています。
このバーデュー・ファームズの例で、どのように品質プロファイルや価格プロファイル、顧客価値マップを使って顧客価値分析を進めるのかが、分かって頂けたかと思います。今後はもう少し深く顧客価値分析について説明していきたいと思います。
参考文献: Managing Customer Value (by Bradley Gale)
ISBN-10: 0029110459
ISBN-13: 978-0029110454