エッセイ: 許しを求めても、許可を求めるな

面白いリーンシックスシグマのプロジェクトを見つけて上司や関連部署に提案しても、必ずしもそのプロジェクトが採用されるわけではありません。むしろ人員やコストを理由に、却下される場合の方が多いくらいです。却下されることには慣れているつもりですが、それが連続すると愚痴の一つでも言いたくなります。愚痴というほどでもありませんが、やはりリーンシックスシグマを生業としている同僚(アメリカ人)と昼食をした時、このプロジェクトの採用・不採用の話になりました。

許しを求めても、許可を求めるな

そのアメリカ人はとても優秀でやり手な DFSS (Desing for Six Sigma)のマスターブラックベルトです。彼は「これはアメリカの、しかも典型的なカウボーイ的なやり方だけど」と前置きをして、”Ask for forgiveness, not permission” と言いました。直訳すれば「許しは求めても、許可は求めるな」ということでしょうか。どんな意味なのか彼に聞くと、つまり「自分が出来ると信じたことをやれば良い。もし失敗したら失敗したで、その時に謝ればよい。成功するか失敗するかは、やってみなければ分からない。始めから許可など求める必要はない」という意味だそうです。なるほどアメリカ人らしいと思いました。そういえば、彼はテキサス出身です。

格好良いとは思いましたが、日本的ではないとも思いました。やはり日本的には、まず上長の許可を得るところから始まります。そこで予算が得られ、人員が割り当てられ、そこで初めてプロジェクトがスタートします。いくら成功する確率が高く、会社に寄与することが明らかな提案があっても、却下されてしまえばおしまいです。

そんなことはお構い無しに行動してしまうのが、アメリカ人であり、アメリカの強みなのかもしれません。ベンチャー企業の創始者などは、この精神を宿しているに違いありません。またアメリカ社会がこのやり方に寛容なのかもしれません。

プロジェクトの提案を通すには、日本的では行動が足らず効果的とは言えないし、アメリカ的では規律を乱して逆効果なような気もします。ここは中間的な行動を取ることが最良かもしれません。では、中間的な行動って一体何なのでしょうか。思いつくのは、「積極的な根回し」くらいです。

リーン(英語)の本を読んでいると「根回し」の有効性についてよく書いてあります。日本では(1)時間が掛かること、(2)責任の所在が曖昧になること、などを理由に根回しは悪習慣であるかのように言われていますが、逆に英語の本(アメリカ本)では、コンセンサス(総意)を得られてからの実行が早く、根回しは非常に効果的な手法であると紹介されています。不思議なもので、英語の本にそう書いてあると、それが本当のように思えてきます。

目指すところはカーボーイ的な根回しです。許可を求めず積極的に根回しします。根回しに失敗すれば、その時は素直に謝ります。そうすればプロジェクトの提案が通りやすくなることを信じて。