今回のシカゴまでの12時間のフライトは、一睡もしないで一つの番組だけを見続ける覚悟で臨みました。というのも、「今 ANA の東京-シカゴ便に乗れば、ドラマ番組”陸王”を全部見ることができるよ」と友人から聞いていたからです。
僕は池井戸潤氏のファンで、氏が書かれた小説は何冊か読んでいたのですが、たまたま「陸王」はまだ読んでいませんでした。また氏の小説を基にしたテレビドラマはこれまで一度も見る機会がありませんでした。そのため「陸王」がテレビドラマ化されたことを知って、一度見てみたいとかねてから思っていたのです。だからその番組をシカゴまでの長いフライト中に見ることができると知って、これは願ってもない機会だと思いました。
飛行機に搭乗するや否やヘッドホンをつけて目の前のスクリーンを操作し、ドラマ欄から「陸王」を見つけて、さっそく第一部から見始めました。結局、第一部から最終回である第十部まで見るのに約 11 時間程かかり、シカゴまでの長時間フライトは嬉しいことに「陸王」だけで過ごすことができました。
池井戸潤氏による小説「陸王」をご存じない方は、こちらの Wiki をどうぞ。
1. 期待を裏切らないいつものパターン
「下町ロケット」もそうですが、池井戸潤氏の小説にはある種のパターンがあります。
- 中小企業で新製品開発を試みるものの、
- 試行錯誤を繰り返しても新製品開発が上手くいかず、
- そのうち事業資金が尽きてくる。
- さらに金融機関が資金融資を打ち切り、経営が大ピンチになる。
- 大手競合他社も当該中小企業を潰しにかかる。
- それでも新製品開発を諦めず、
- 最後は幸運と皆の努力が実ってハッピーエンドで終わる。
「陸王」も期待を裏切らず、このパターンでした。池井戸潤氏の小説の面白いところは、ハッピーエンドで終わると分かっていても、スリルと興奮で始終惹きつけられてしまうところです。
引用: http://realsound.jp/movie/2017/11/post-123714.html
2. DOE(実験計画法)を使えばもっと簡単なのに・・・
シックスシグマ、特に新製品開発で有効な DFSS (Design for Six Sigma) を生業にしている僕にとっては、小説に出てくる中小企業が新製品開発で試行錯誤を繰り返している場面が、いつも歯がゆくて仕方がありません。
「陸王」では、靴底であるシルクレイの硬度の調整が上手くいかず、昼夜を問わずに開発に没頭するものの時間がかかり過ぎ、零細企業「こはぜ屋」の経営を危うくしました。そんな場面を見ていて、「DOE (Design of Experiments: 実験計画法) を知らないの?」「DOE を使えばもっと簡単で、もっと早く、もっと正確な結果が出るよ!」と、思わず飛行機のエコノミーシートの中で声が出そうになりました。
DOE を使えば、試行錯誤などをしなくても、もっと計画的に実験データを設計できます。また DOE と回帰分析を併用することで、シルクレイの硬度を求める数値モデル(硬度モデル)を正確に得ることができます。一度数値モデルを得ることができれば、それを基に様々な硬度のシルクレイを作ることができます。そして数値モデルをモンテカルロ・シミュレーションで使えば、硬度のバラツキも検証できます。
3. 主要因分析法だけでも十分?
「陸王」では偶然(幸運)にも、徹夜明けにコーヒーを飲みながら、雑談(コーヒーの味と温度の関係)の中からヒントを得ることができました。繭を煮る温度を調整することによってシルクレイの硬度が調整できるのではないかと思い付いたのです。つまり硬度モデルの主要因が”煮繭温度”だったことを偶然に知ったのです。
「え?今までシルクレイ製造装置の入力パラメータを全部 CTQ (Critical To Quality) として洗い出していなかったの?」「それじゃあ”こはぜ屋”さんも潰れてしまうよね」と、狭いエコノミーシートの中でため息が出ました。
高度な DOE テクニックを使わなくても、最も簡単な DOE (主要因分析法)だけで十分だったようです。しかし、他の因子との交互作用は考えなくてもよかったのでしょうか。歯がゆくて仕方がありません。
4. 失敗サンプルは宝の山なのに・・・
「陸王」でさらにため息が出たのが、失敗したサンプルの山です。失敗したサンプルでも、入力パラメータ値と測定した硬度の値を使えば、回帰分析を使って数値モデルが得られたはずです。仮にそうではなくても、硬度だけを測定するのは勿体ないと思わなかったのでしょうか。サンプルごとにシルクレイの組成や密度などが微妙に違っていたはずです。それを数値化して出力値として測定・分析すれば、さらに正確な数値モデルが得られたかもしれません。
積み上げた失敗作の山は、「ちゃんと努力はしていますよ」と、社長に見せつけるパフォーマンスにはなったかもしれませんが、僕にはみすみす宝の山を無駄にしているようにしか見えませんでした。
他にもこんな場面がありました。素人目にはほとんど気付かない陸王の瑕疵を見つけては不良品として取り除いていた場面です(不良品の山)。瑕疵を見つけたことに対して「これが”こはぜ屋”の品質です」と胸を張って威張っていましたが、不良品が山になる前に、なぜ瑕疵が出たのかを Cause and Effect Matrix/Diagram や Design FMEA などを使って原因分析やリスク分析を行い、然るべき対処をしなかったのでしょうか。悔やまれてなりません。
5. ツッコミどころが他にも
サンプル数が少な過ぎます。一度だけ期待した結果が得られたからといって大喜びするのは、どんなものでしょうか。たまたま偶然にその値が出たのかもしれません。測定データの誤差だったかもしれません。もっとサンプル数を増やして、データのばらつき(分布)を調べてから喜んでも決して遅くはありません。
中央制御装置のセンサーの調子が悪かったのにシルクレイの製造を続けていました。せめて SPC(statistical Process Control: 統計的工程管理)を取り入れて”こはぜ屋”の品質を管理してもらいたいと思いました。
”煮繭温度”を 85 度から 87 度に変えて良い結果が得られましたが、そもそも温度測定能力は確かだったのでしょうか。Gage R & R に代表される MSA (Measurement System Analysis) を一度は行うべきです。
6. 中小企業ほどシックスシグマが必要では?
「シックスシグマって大企業のものでしょ?」とよく聞かれます。確かに大企業はシックスシグマを採用しています。しかしそれは別に「シックスシグマは大企業のもの」だからなのではなく、たまたま多くの大企業が様々な問題解決のためにシックスシグマを採用していただけのことです。
池井戸潤氏の小説を読んでいると、むしろ経営体力の弱い中小企業ほどシックスシグマが必要なのではないかと思わされます。「陸王」でも、もし”こはぜ屋”がシックスシグマ企業であれば、経営資金が枯渇する前に新製品が開発できたかもしれないからです。
”こはぜ屋”は、シルクレイ特許保持者である飯山晴之と、シューフィッターである村野尊彦を顧問として雇い入れました。もし”こはぜ屋”が僕をシックスシグマのコンサルタントして雇ってくれていたら、もっと安全・確実に「陸王」を開発できたのではないかと思えて仕方がありません。
こんにちは。
予定通りにドラマを視聴でき、シカゴまでの長時間フライトが充実したものになって良かったですね。池井戸潤シリーズは、確かに見る人を虜にする(物語に没頭させる)魅力があると思います。私は、半沢直樹と下町ロケットを見ていました。どちらの作品も痛快さがあり面白かったです。
開発場面に冷静にツッコミを入れていらっしゃるあたりは流石ですね。
私も津吉さんのように、もっと体系的に様々なツールを使えるようになりたいと思いました。
次のブログも楽しみにしております。
では。
masanobu さん、コメントありがとうございます。masanobu さんも技術屋さんなので、池井戸潤氏の小説やドラマから色々と感じることがあるのではないでしょうか。小説の様にとまでは言いませんが、エンジニアリングという仕事は案外面白いものなのかもしれませんね。
小説の中の主人公になったつもりで仕事をやったり、逆に自分の仕事を小説に書いてみるように客観的にながめたりすると、毎日が楽しくなるかもしれません。